2/05/2018




光があるところに影があるという概念は、
昼と夜や生と死、人生のライフバランスに例えられたりするけれど
物理的に考えると、影は光が物体に遮られたことでできる暗がりに過ぎません。

私たちが影に持つ、恐れや不吉な印象は、
光や影の本来の性質とは懸け離れたところで作り上げられた
イメージから来ているのでしょうね。

大昔から自然現象は様々な宗教や思想で解釈され、比喩され、意味づけされてきました。
そこに見られる人間の心理はとても興味深いけれど
ときどきは、人類以外と同様に、意味を見出そうとせず理解しようとせず、
ただただ直観で自然現象を眺めてみたいものです。






4/16/2017



夏前までしばらく出展の予定はないので、色々模索しています。
一日中眺めては、切ってみたり叩いてみたり、
最近思うのは、頭でいくらイメージしても駄目、
とにかく対象物を触って、自分の体を動かさないと駄目、
直接の交わりを通して初めて何か新しいものが生まれるのではないでしょうか。



そんな中、葉山の近代美術館にて、砂澤ビッキの個展に行ってきました。
北海道旭川に生まれ、アイヌをルーツに持つ砂澤ビッキ。
巨木を丸彫した大型の作品を道外で見る機会はなかなかないので、
近所で、これほどまとまった数の作品を見れたのは願っても無いことでした。




上の作品は「神の舌」。ナラでできた高さ2メートル余りの彫刻です。
一見すると、木肌そのままに見える表面は、すべてノミの痕跡が有機的な断面となって残っています。想像が及ばないほど時間と労力がかかった作品であろうに、作為的なところが微塵もなく、人為的なものとしての存在感すらなく、やっぱり自然のままの木の姿に見えることがひどく衝撃的でした。引き寄せられるように彫刻に近づき、ちょうど舌先の部分に佇んでみると、それはまさに胎内回帰の感覚であり、神か、それとも宇宙かに抱かれているような気持ちになるのでした。



風よ お前は四頭四脚の 獣 
お前は凶暴だけに 人間たちは 
お前の 中間のひとときを愛する。 
それを四季という。
願わくば俺に 最も 激しい風を全身に 
そして眼にふきつけてくれ、
風よ お前は 四頭四脚なのだから 
四脚の素敵な ズボンを贈りたいと思っている。 
そうして 俺を一度抱いて くれぬか。 

1988年秋 ビッキ




4/05/2017



展示会や出展、都内での営業などが重なり、冬から春へと移り変わる繊細な季節をほとんど味わうことができなかった日々もようやく落ち着き、桜も散りだした最近になってようやく裸足の生活が戻って来ました。

久しぶりに訪れたいつもの浜辺に打ち上げられたおびただしい数の貝殻、そのむこうの波間、雲と海が溶け合う水平線を眺めていると、自分のあるべきところに戻って来たという感覚が満ち満ちてきて、ようやく人心地がつきます。

長い緊張から解放される方法を知っていること、そしてそんな場所が変わらず存在してくれているということは本当に幸せなことですね。



◇◇◇
海水温が下がり季節風が吹く冬の間は貝殻が数多く打ち上げられ、浜辺は美しくもひっそりと静まり返っていました。その一方で、新しい生命が溢れんばかりの春の浜辺の賑やかなこと!


 アメフラシのたまご



 アカクラゲ
触手の刺胞が乾燥したものを人間が吸い込むとくしゃみが止まらなくなることから、
ハクションクラゲという別名があります。
戦国時代の武将、真田幸村が武器に使用したとか、忍者の道具だったとか。
ちなみに、刺されると物凄く痛い(経験済み)。



 海藻(ひじき)に擬態している貝。名前不明


クモヒトデ

9/13/2016



先週末、CLASKAでの展示会を無事終えました。おかげさまで、予想をはるかに超える数のお客様にお越しいただき、たくさんの方にbeachy treasuresのジュエリーをご紹介させて頂くことが出来ました。貴重な機会を下さった関係者の皆様に、心から感謝致します。いつもbeachy treasuresのジュエリーを愛用してくださるお客様にも沢山お越し頂きました。お忙しい中、わざわざお時間をとっていらっしゃって下さって、本当にありがとうございました。お客様と直接会ってお話できる機会は、私にとってエネルギーの源でもあります。そして、まるで巣から落っこちた雛を心配するかのように、地元の海のなかまたちも遠路はるばる駆けつけてくれました。都会に来るからと気合を入れて靴下と靴を履いてきた人もいたけれど(普段はビーチサンダル・オンリー)、日に焼けた肌のせいか潮に焼けた髪のせいか、レイドバクした海辺の雰囲気は健在で、皆のリラックスした笑顔にどれほど緊張をほぐしてもらったことか! 




さて、都内から逗子へもどった翌朝。
まだパッキングすら解いていない荷物が山積みだし、体は疲れているし、メールの返信も、家事も、たまりにたまっているけれど。どうしても我慢が出来なくて、海へ向かいました。
冷たい水で体を冷やして、水から上がって太陽にじりじり焼かれ、それを何度も繰り返していくうちに、ここ数週間でもう隙間がないほどパンパンに詰まってしまった心と頭、そして身体中の関節がほぐれていくのを感じます。


私のものづくりの原点である海。忙しくて今年の夏はあまり来れなかったので、本末転倒とでもいうべきかもしれません。





時間を気にせずに打ち上げ物を拾ったり、篠突く雨を洞窟で凌ぎながら刻々と変わっていく空と海の色を眺めていると、目に映るあまりに沢山の美しいものに言葉も失います。

Look deep into nature, and then you will understand everything better.
ありのままの自然を深く観察せよ、そうすればすべてのものをもっとよく理解できるだろう。
-Albert Einstein (アルバート アインシュタイン)-




6/22/2016





夏至の前夜で満月だった先日、友人に誘われてチベット人シンガー、Tenzin Choegyal(テンジン・チョーギャル)のライブに行きました。 

中国占領下のチベットで遊牧民として生まれた彼は、幼い頃ヒマラヤを越え亡亡命チベット人が多数暮らすインドのダラムサラで成長しました。チベットのルーツに根ざした音楽は世界各国で高く評価され、昨年末は地球温暖化防止に関心を高めるため国連気候変動会議に合わせてパリで開催されたコンサート「Path way to Paris」にトムヨークやパティスミス、レッド・ホット・チリ・ペッパーズらと出演するなど、欧米を中心に世界中で活躍されています。

歌の歌詞や、ライブの合間のおしゃべりの中でチョーギャルさんがよく使う言葉は「五感」それから空、海、大地、、、それらをあわせて「宇宙」と表するなかに、チベット仏教の壮大な宇宙観の片鱗が見えたような気がします。 我々日本人よりも天空にずっと近い場所に住んでいる民族ゆえに、天文学的な概念にとどまらない、哲学的・宗教的な意味での宇宙という存在をとても身近に捉えているのかもしれませんね。

モンゴルの遊牧民の発声法「ホーミー」のような倍音がかかった歌声は美しくて力強く、そしてなにより空間の広がりを感じさせるものでした。驚いたのは笛の音の余韻。音が消えていくディミヌエンドの時に、草原を風が渡るときのような音がするのです!あれは、意図的にやっているものなんだろうか、それとも偶然? 音楽は聴覚に頼るのが当たり前、と思っていましたが、よくよく考えてみると音は空気が振動して伝わるもの。聴覚で捉えられるものは旋律だけですが、それ以外にも感じることのできる要素は実はたくさんあるのですね。それを意識させてくれたのは、その日ライブに来ていたまだ10歳の少女でした。彼女は耳が全く聞こえないのですが、それでも生演奏が大好きなのだそうです。お腹に響くようなパーカッションのリズム。笛が作り出す空気の流れ。そして倍音の歌声が作り出す空気の膨張するような広がり。全身の感覚を研ぎ澄ませて音楽を楽しむ彼女の姿に、思わず鳥肌がたちました。

“Music is like drifting clouds that fly freely over the man-made geographical borders in this infinite space of possibilities.”
「音楽は大空に浮かぶ雲のよう。可能性に満ちあふれた無限の空間を人の作った国境なんておかまいなしに自由に羽ばたいていくもの」-Tenzin Choegyal

5/07/2016


サーファーの大先輩に教えていただいて、最近俄然気になっているもの、、それは、サザエやシッタカなど、巻貝の芯。
気が遠くなるほど長い時間海の中で波と潮に削られて、最後に残ったコアの部分が浜辺に打ち打ち上げられるのですが、その形たるや… 何時間眺めていても飽きることはなく、 なめらかで裾広がりのちいさな螺旋形に、例えば海に沈む雄大な夕日や神々しい山々を見たときのような、人智を超越した圧倒的な美しさに対峙したときと同じ感動すら覚えるのです。
草の蔓やつむじかぜ。蛇のとぐろも螺旋だし、まつぼっくりもよく見ると螺旋模様が浮かびがります。気にしてみると、私たちの身の回りには、とてもたくさんの螺旋がありますね。 頭の中のつむじ。耳の中の螺旋状の器官。DNAの二重螺旋構造。成人男性の尿は放出後2cmで180度螺旋状に捻転しているそうです。(へえ〜!)
 学校では、地球や惑星は太陽の周りを回っていると習いました。しかし、同時に太陽は銀河の中心を外側に向かって猛スピードで遠ざかっていて、地球や同じく太陽の周りを回る惑星が描く軌道は、実際は円ではなく螺旋です。
 大の貝殻フリークで、世界中ツアーで回る先々で現地の貝殻を集めていたというボブ・マーリーは、来日の際ファンからもらった巻貝を手にとって曰く、「うーん、世界中の貝は皆同じだ。点で始まり、永遠へと広がってゆく」。
 朝と夜が交互に入れ替わって、季節が巡って、同じ繰り返しのような毎日であっても、時間は絶えず進んでいく。その流れが描くのもまた螺旋。 海辺で拾った朽ち果てる寸前の貝殻の芯が、人生と宇宙の法則を体現しているのだと思うと本当に感慨深いですね。

4/01/2016

Re start










2011年にスタートしたbeachy treasuresですが、早いもので立ち上げから5年が経ちました。
最初の頃と比べると作るものもだいぶ変わってきましたが、それでもなお、変わらずにbeachy treasuresのジュエリーを手に取ってくださるお客様、新作を楽しみに待ってくださるお客様がいて、文字通り作家冥利に尽きます。そして、年がら年中貝殻や海を眺めてはニヤニヤしている私を、いつも面白がって応援してくれる友人、家族にはいくら感謝しても足りません。本当にありがとう。 
ブランドとともに年を重ねてきて最近常に考えるのは、本質にたちかえる事の大切さ。流行に機敏に反応できる若々しい感性は持ち続けたいとは思うけれど、好きなものを模索して色々試してみたり、自分の不得意分野にも敢えて踏み込んだりすることにエネルギーを使う時期は、もう過ぎたのかもしれません。遅まきながら、ようやく自分が心底好きだと思えるスタイルが見えてきた今、ジュエリー作りの上でもbeachy treasuresらしさに忠実でありたいと願ってやみません。 
そんな思いもあり、この度beachy treasuresのHPを大幅にリニューアルしました。今後、出店等の情報はHPのNEWSのページでご案内し、このブログでは今までよりもう少しパーソナルな文章をつらつらと書かせて頂ければと思います。4月後半にはまた新作のジュエリーお届けしますので、そちらもどうぞお楽しみに 。 
 これからもbeachy treasuresをどうぞよろしくお願いします。